シャルロット一行は、オーストリアのカリンシアの駅から、鉄道で北・南チロルを通過し、数日後には、レッジョ・ネッレミリアに到達した。 先にイタリアの方で、マルケス将軍と
シャルロットは、この旅行の間、時々吐き気に襲われた。 彼女のこのイタリアへの旅行は、さながら凱旋の様相を呈した。
イタリアの、メキシコ皇后が通った所全ての場所で、人々が集まってきて、手を振った。マントヴァに駐屯中の、
オーストリアの軍隊も、シャルロットに、
敬意を表した。 レッジョ・ネッレミリアでは、
イタリアの伯爵に、メキシコ皇后シャルロット来訪の、祝賀の晩餐に招かれた。
また、ボローニャでは、彼女が宿泊する
ホテル周辺で、彼女のために、
イタリア・ボローニャ狙撃連隊の、部隊格子が披露された。 各地で群集は、シャルロットへ手を振りながら微笑みかけ、かつての
総督夫人だったシャルロットへの、感謝の込められた好意と、心からの歓迎を表わした。9月25日、鉄道で、一行がようやく辿りついたローマは、陽光に輝いていた。
ここでも、シャルロットをよく見ようと、
群集が、押し合いへし合いしていた。
その内に、ローマの外交官からヴァチカンヘ、メキシコ皇后一行到着が知らされ、
上流階級の人々の歓迎のために、
枢機卿達が派遣され、またヴァチカンの
護衛兵達も、付けられる事になった。
そしてシャルロット達は、ヴァチカンの慣例に従い、黒い衣装を着させられ、車で
ローマのホテルへと案内された。
ローマの、このシャルロットについての報告には、こう書かれている。
「毎夜の葬式の時のような、その姿は、
若くて美しい皇后にとってはむしろ、素晴らしい印象を与えた。」
ローマ到着から2日後の、9月27日、
ローマ法王ピウス九世との謁見は、
朝の11時から行なわれる事になった。
シャルロット達は、朝にホテルを出発した。
列車は、ヴァチカンの前で止まった。
建物の中には、ヴァチカンの、白いカラーの付いた上着を着た高位高官達がいた。
そして、謁見を待つ訪問者の、メキシコ皇后シャルロットと彼女に同行してきた、オリサバ伯爵デル・ヴァーリがいた。
それから シャルロットは、ヴァチカン宮殿の玄関へと通じている、「スカラ・レジア(王の階段)」と呼ばれている、階段を上がっていった。宮殿の周辺には、法王スイス護衛兵達が、控えていた。彼らは、制服に膝丈までの鮮やかな縞模様のズボンに、頂上が白くなった、銀色のヘルメットという姿をしていた。 いくつかの回廊の終わりに、大広間があった。 74歳になる法王ピウス九世は、
白い法衣に、白い外套を着ていた。
彼は、赤い天蓋の下の、金色の肘掛け椅子の上に、腰掛けていた。 玉座の両方には、護衛兵が二人立っていた。 そして更にその周辺には、聖職者の要人達がいた。
シャルロットは法王に、近づいていった。
そして、挨拶の、彼の足に接吻をする事を、
許された。 更に、彼の指輪にもう一度接吻をする事を、許された。 その後、法王は
シャルロットを、隣の部屋へと招いた。
謁見は、一時間行なわれた。
皇后シャルロットは、法王ピウス九世に、
メキシコ帝国の、法王庁とのコンコルダート(政教条約)の計画を話して、援助を訴えた。
しかし、依然として、これまでの没収教会
財産の、返還の問題が、存在していた。
結局、ピウス九世は、その友好的な全ての態度にも関わらず、援助は約束してくれなかった。シャルロットの目的は、とうとうここでも、達成されなかった。
最後の頼みの綱であった、法王の援助を
得る事ができなかった事に、絶望した
シャルロットは、謁見の終了後、宮殿の外の、馬車のある所を目指し、周囲に枢機卿や高位聖職者達の居並ぶ中、スカラ・レジアを、急いで大股で降りていった。
そして、彼女に同行してきたヴァーリが、
黙ってその後を追った。シャルロット達は、
ホテルの大広間まで帰ってきた。
しかし、その内に、彼女は強い渇きを覚えるようになり、これが発端になり、ホテル側が自分を毒殺しようと、毒を盛っているという、
被害妄想に取り付かれるようになっていく。
明らかに、精神錯乱を起こしていた。
二ヶ月近く、メキシコ帝国への援助を、
取り付けるために、各所を奔走し、
それでも何ら実のある成果を得る事が
できず、この時のシャルロットは、
心身共に衰弱しきっていた。
ついにこのローマでも、法王からの援助を取り付ける事ができず、メキシコで、
自分がヨーロッパから援助を取り付けてくるのを待っている、夫マクシミリアンは
どうなる?自分は?そしてメキシコ帝国は?
これらの絶望が、狂気へとシャルロットを
駆り立てていたのだった。
その内にシャルロットは、毒殺を恐れて、
ホテル側が出す、全ての飲物を拒否した。
そして、朝8時に、御者に命じ、デル・ヴァーリの妻の、オリサバ伯爵夫人セノーラと共に馬車に乗り込み、トレビの泉まで走らせた。そしてそこの水を、シャルロットは、直に手ですくって飲んだ。
そして、彼女は次はヴァチカンへと行くように、御者へ命じた。ヴァチカンに、
助けを求めようと、考えたのである。
しかし、これには頼りになる女官の、
セノーラが反対した。皇后の現在の姿は、ヴァチカンを訪れる礼儀作法に相応しくない服装であるし、少しもヴェールを付けていないと、たしなめた。しかし、シャルロットは聞こうとしなかった。
彼女は、動揺した表情に、暗く、ぎらぎらと光る目で、ヴァチカンを見つめていた。
ヴァチカンの侍従は、すぐに法王と会う
許可を出した。おそらく、メキシコ皇后が
普通の様子ではなかったために。
法王ピウス九世は、彼らとの対応のため、
まだ朝食をとっていなかった。
シャルロットは、涙ながらの表情で、
すぐに法王にお会いしたいと、身を投げ出して、嘆願した。そして、ホテルの人間が、自分を毒殺するために、毒を必要として
いると訴えた。法王は、彼女を落ち着かせ
ようとした。すでに朝食の用意はできて
おり、彼はそれにシャルロットを招き、
一杯のチョコレートを運んでこさせた。
しかし、シャルロットはこの飲物の中にも、
ホテルからの人間により、明らかに毒が
入れられていると、主張した。
そしてまた、メキシコの状態について、
再び詳しく説明し始めた。
ピウス九世は、しだいに、苛立ってきた。
そして、シャルロットの対応は、法王秘書官の、ジャコモ・アントネッリに、しばらく任せる事にし、立ち去る事にした。そして、シャルロットが再び、ホテル側の人間に疑いをかけたため、彼女のために部屋を用意させ、
二人の医者を派遣した。
更に、シャルロットの兄の、ベルギー国王
レオポルド二世にも、妹が起こした事件に
ついて、連絡するように、指示をした。
そして、シャルロットを、ヴァチカン宮殿内の、図書館へと誘導する事に、成功した。
そして、法王は、現在精神錯乱状態にあるとはいえ、元々知的好奇心が強い彼女が、
そこでヴァチカン秘蔵の、数々の珍しい
非公開原稿に興味を持って見ている間に、
完全に彼女の前から、立ち去る事に成功した。
正午になったが、それでも、シャルロットは
一向にホテルに帰ろうとはしなかった。
彼女に食事が出されたが、それにも手を
付けようとは、しなかった。
シャルロットがヴァチカンにやって来てから、すでに夜の10時となっていた。
ほとんど狂乱した状態の彼女の姿は、
ヴァチカンの人々を、 ぞっとさせた。
やむなく、ヴァチカン内に 一晩彼女を、
宿泊させる事にした。
しかし、このような異例な事は、
ヴァチカン内の風紀が乱れていた、
ルネサンス時代の、 法王ボルジア以来
なかった事であり、 一大スキャンダル
だった。 ヴァチカン内は、大騒動になった。
しかも、皇后シャルロットは、
ハプスブルク家の縁戚者である。
ヴァチカンの図書館は、華麗な寝室へと
変わった。医者がシャルロットに睡眠薬を
飲ませ、彼女は眠りについた。
もはや、法王のどんな高官達であろうと、
これ以上の悪夢には、耐えられなかった。
彼らは、シャルロットが法王に再度会う事
自体を、拒否した。
シャルロットが一泊し、 彼女達が出発する当日の朝、法王ピウス九世自らが、
シャルロットに食事を運んできたが、
それでも彼女は何も食べようとしなかった。
法王は、彼女の死は近いと確信した。
実際に、シャルロット自身も、まるで最期の言葉のような事を、この時夫のマクシミリアンに対して書いている。
「私の熱愛する宝物へ。私はあなたに
別れを告げます。神は、その御許へ
私を召されます。私はこれまでの幸せを、
あなたに感謝しています、あなたは常に
私にそれを与えてくれました。
神はあなたに祝福を与えます、
そしてあなたに永遠の至福を与えてくださる
でしょう。」
シャルロット達がヴァチカンを去る前に、
法王秘書官で枢機卿の、アントネッリは、
オベリン近くの孤児院のリストをシャルロットに見せ、ここを訪問したらどうだろうと、
彼女を説得した。 きっと、ここの子供達を
訪問すれば、喜びを感じられるはずですと
言って聞かせた。皇后シャルロットは、
これに同意した。こうして、メキシコ皇后
一行は、シャルロットがヴァチカンに
泊まった夜の翌日に、ヴァチカンを発って
いった。孤児院を訪れたシャルロットは、
正常な状態に戻っており、 行儀も
良かった。そして、孤児院に寄付もした。
孤児院では、彼女がとても空腹を感じているように見えたため、昼食を提供した。
しかし、ここでさえも彼女は、自分の食事に
毒が盛られているのではと思い込み、
激しく狂乱する様子を見せた。
ついに、シャルロットが宿泊しているホテルから、屈強な護衛兵が二人現われ、
力づくで連れ戻された。
その際、彼女には、拘束衣まで付けなければいけないような状態だった。
ローマ中に、メキシコ皇后が発狂したという噂が流れるようになった。