管理人 ルナ 

このサイトで、ベルギー初代王妃ルイーズ・マリー・ドルレアン、そして彼女の夫や子供達の紹介をします。

 

 

 

日本ではベルギー王家を中心に扱っているサイトは、これまでないようですし、また、たまにベルギー王家の人々の名前が聞かれても、 専ら現代のベルギー王家の人々に、集中している感じがします。

また、初代ベルギー王家の人々というと、

まず日本ではほとんど知られていないようです。かろうじて、ハプスブルク家関係者という扱いで、ハプスブルク大公マクシミリアン・フェルディナントと結婚した、メキシコ皇后シャルロット、そしてその姪でルドルフ皇太子の妻になったステファニーが、断片的に取り上げられるくらいが、日本での現状なのでは?と思います。

また、初代ベルギー国王と王妃が、ドイツの公爵とフランス王女というのも、あまり日本では知られていないように思います。

だから、こういうサイトは珍しくていいかなと思い、開設しました。

 

 

 

 

 

私が「二月革命」で退位して、イギリスに亡命する事になる、フランス国王ルイ・フィリップの長女の、フランス王女にして、初代ベルギー王妃のルイーズ・マリー・ドルレアンに興味を持ったのは、とあるサイトでたまたま、彼女の事を知ったからです。直接、彼女自身を取り上げたサイトでは、 なかったのですが。

でも、どちらかというとそのサイトを見て、 彼女に関しては、美しく優しい王妃という 印象は残ったものの、より強く興味をひかれたのは、彼女の夫の初代ベルギー国王レオポルド一世の方でした。

あまり、そのサイトではいい感じには、 取り上げられてはいない感じでしたが。

 

 

 

 

 

 でも、それでもなぜ私がレオポルドに関心を持ったかというと、このサイトの参考文献としても紹介している、テア・ライトナーの「陰の男たち 花風社」の、中で、この巻の主人公の一人の、ヴィクトリア女王の夫のプリンス・アルバートに 関する重要人物として、この中では脇役の扱いながらも、なかなか印象的な感じの人物として、取り上げられていたからです。

当然その彼の妻という事で、ベルギー王妃ルイーズ・マリー・ドルレアンに対する関心も、強まったという感じです。しかし、ベルギー初代王妃ルイーズについての最初の伝記である、ベルギーの女性歴史家ミア・カークヴォールデの、この伝記の英訳も出ていたらしいのを知ったものの、残念ながらすでに絶版になっていました。

 

 

 

 

しかし、その後、新たに、しかも、それまでの、不幸で陰気で陰の薄いベルギー王妃という、これまでのイメージを覆している、フランスの女性歴史家マドレーヌ・ラセールによる新たな伝記が、フランスの方で最近出版されていたらしい事を知り、

早速買ってみたという訳です。

手紙好きであったらしい、彼女の数多くの手紙を元に、彼女の実像・家族・夫婦関係などを、複雑な当時のベルギー王国や他のヨーロッパ各国間の国際情勢などとも絡めながら、読み解いていて、非常に説得力ある内容になっていると思います。

 

 

 

 

 

そしてそこから、本の紹介文にもあるように、ロマンチストで感性豊かで生き生きとしており、芸術的才能、そして政治的才覚にも恵まれた、魅力的なベルギー王妃の姿でした。そして、彼女は優雅で気高い人柄であり、まさに「王女」という感じの女性だと思いました。

そして、彼女の不幸の始まりの一つとされている、父ルイ・フィリップの退位とオルレアン家の没落ですが、彼女はけして、ただ座して、何らなす術もなく、実家の没落を嘆きながら、ただただ、それを見守っていた訳でもありませんでした。

おそらく「ノーブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)」というものも、念頭に置きながら、最後までオルレアン王女としての誇りと闘志を見せ、自ら進んで、オルレアン家の没落を食い止めようと、行動していた事もわかり、そのような姿にも感銘を受けました。

そして、貧しい人達に慈悲深かった彼女は、ベルギー国民にも、敬愛されていたようです。

 

 

 

しかし、何しろ彼女の父ルイ・フィリップは統治期間が短めであり、またフランス 皇帝ナポレオン一世と、その甥のナポレオン三世の間に挟まれた形となる統治者でもあります。

そのため、存在がどうしても埋没してしまいやすく、また、日本での注目度も低く。

そして当然、その娘のルイーズ・ドルレアンに関しても、同様のようです。このため、こうして彼女を紹介するサイトがあってもいいかなと思い、こうして取り上げる事にしました。